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2008年7月29日 (火)


伯剌西爾(読めますか?)

ディレクターの、ともおです。

みすず書房さんの8月の新刊で『遠きにありてつくるもの 日系ブラジル人の思い・ことば・芸能』という本が刊行されます。まだ中を拝見していないので、詳しいことは書けないのですが、ブラジル移民100周年にあたる今年、「ブラジル移民」研究の集大成として発行される本のようです。ブラジル移民、というものに対して、僕が興味を持っているのは、やはり自分の少年期の精神形成に大いに関わっているアントニオ猪木氏の影響ですね。諸々の猪木自伝で語られるところの、少年時代の移民生活の苦労話は、庶民の昭和史のひとつとして、とても感じいるところが多かったのです。一家をあげて、夢を抱いて渡航したブラジル。農場での奴隷のような重労働や、移民同士の足の引っ張り合いなど、辛酸をなめるものの、過酷な労働の中で、猪木氏が農作業で鍛えた身体を用い、陸上競技で頭角を現し日系ブラジル人社会で有名になっていくプロセスは、なかなか興奮させられるものがあります。昭和のブラジル移民の渡航がはじまったのは60年前の1948年(昭和23年)ですが、それ以前、100年前の1908年(明治41年)からブラジル移民は始まっています。カリフォルニアやハワイなどへの日本人の新規移民が禁止となった国際情勢を受けて、海外移民の行く先は南米へと向かっていきます。その、ほんの40年前までは江戸時代だったのに、日本人は大量海外移民の時代へと突入しているのです。ちょうど100年前、明治時代の日本人は、南米の新天地に一体、どんな風景を見たんでしょうか。

復刊ドットコムを主催する出版社ブッキングが、出版販売をお手伝いさせていただいた『識る力』という本があります。神戸の写真館を受け継ぐ著者が、保存されていた貴重なカラー絵葉書や豊富な画像で、1850年から1955年までの歴史を、残された画像資料で紐解く興味深い本です。幕末の1868年に開港した神戸は、西洋文化の窓口として、その後の日本の変遷を見続けてきました。ブラジル移民の第一号となった船「笠戸丸」も、神戸から出発しています。面白いので時々見ている本ですが、歴史的事実としてある程度は知っていても、文字ではなく、画像から受ける衝撃は生々しいですね。ああ、こんな船で海を渡ったんだ、などと感慨深く思ってしまいますね。夢を抱いて南米に「移民」する、ということも、ちょっと現在では考えられないような感覚があります。逆にこの時代から見た「ニート」とか、「ネットカフェ難民」とか、どんなものだろうねと考えたりもするんですが。そういえば、僕が中学生の時に、若い先生が、渋谷を歩いていたら『ブラジルに移民しませんか』と勧誘されたなんて雑談をしていた記憶があります。今の渋谷じゃ考えられない話ですが、四半世紀前にはまだそんなことがあったのかも知れません。うーん。

投稿時刻: 午前 09:00
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