2009年8月 7日 (金)


大人の社会見学!

復刊ドットコムWebマスター、熊野です。

昨日はブログをお休みしてしまいました(汗)というのも、復刊ドットコム(ブッキング)とはある意味造詣の深い日販さんの計らいで、普段はなかなか見る事のできない書籍の搬入・出荷現場2ヶ所を特別に見学させてもらっていたんですよ。すさまじい勢いで機械が動き回る倉庫内の光景に、驚きとともに本来の性分である機械萌えの体質がうずいてしまいました(笑)完全自動化された高度なシステムを通して、全国の書店や読者の皆さんに本を届けるサービスを実現している日販さんのすごさをあらためて感じました!

さらに今日は、コミックナタリーでおなじみの株式会社ナターシャさんにお邪魔させていただき、あの先鋭的な情報サービスの舞台裏をバッチリ取材してきました。あれだけの規模で毎日ニュース配信が行われる裏で繰り広げられる地道な努力とスタッフの皆さんの熱い志は、熊野にとってもひとつの目標でもあり、とても刺激的な時間でした。

お休みをいただいちゃいましたが、この2日間で体験した貴重な経験を次の面白い企画へ結びつけていきますよ。まだまだ続く“夏の復刊ドットコムはオモシロイ!”にご期待ください。

投稿時刻: 午後 08:34
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2006年7月 5日 (水)


お師匠さん

6月21日にブッキングも株主総会を迎えました。また新しい年度も役員に選任して頂きましたので、最低でもまた一年復刊の仕事ができます。しかしながら非常勤役員の改選で、長年お世話になった橋専務がご退任になられました。出版社ブッキングの私の実質的な上司と言えましょう。橋専務は日販で仕入部門の経験が長く、現場感覚に最も富んだ日販の取締役です。書籍という商品は巻数物を除けば、全て違う商品です。ですから過去のデータもあてにならない、水物であります。橋専務からは「どうすれば売れるかは教えられないが、どうすれば失敗しないかは教えられる」ということを教わりました。ネットや図書館の手堅い需要をどう積み上げるか、返品のある書店ルートはプラスアルファで考えなさいというような内容でした。橋専務はもう数十年、現場で出版業界の動きを見つめてきた方です。書籍という商品がいかに予測不能であるかを身を持って知る方です。性格的にイケイケドンドンの私は、ずいぶん強情に強気の部数を主張して、橋専務を困らせました。しかし、いつも根気強く、主戦論の根拠を尋ねられ、安全策を講じて頂きました。今春に「もうどう決めればいいか、だいたい判ったろう?」といわれました。これからは自分たち自身の力で、橋を叩きながら歩いてゆかねばなりません。

投稿時刻: 午前 01:00
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2006年7月 2日 (日)


会長

日販の菅会長が6月29日の株主総会をもって、自ら潔くも身を引いて退任されました。私にとって日販への新入社員時の配属部署の部長でありました。いつも厳しく、暖かく、前向きな上司でした。体は小さいのに、声は大きくて、バイタリティあふれた方でした。いつも「バカやロー」とか「阿呆!」と部下は叱責されていましたので、その罵声が一種の日販名物でもあったくらいです。私もある会議で、作成した資料の調査が不充分であったことから、目の前で資料を破られて投げつけられたことがあります。今どき、もうこんなカミナリおやじチックな上司はいないでしょうが、そういうことが後腐れなく、爽やかに部下を叱れる方でした。私より二まわり近くも年上ですが、進取の気概に富み、常に何かに挑戦されていました。菅会長のおっしゃった中で、最も素敵だと思ったのは「創造的混乱を求めたい」と、新年のご挨拶でおっしゃったことばです。いつまでも菅会長のおっしゃったことばを胸に研鑽を重ねてゆきたいと思います。

投稿時刻: 午前 01:00
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2006年5月11日 (木)


本所MCさよならパーティ

日販のビデオレンタル事業の拠点は墨田区本所吾妻橋という粋な場所にありました。本所メディアセンターという営業所は、長らく日販の書籍雑誌以外の営業、物流拠点だったのです。思えば1990年代を目前に控えた突然としたビデオレンタルブームの到来、増田宗昭氏率いるTSUTAYAの勃興と台頭。われわれの職場は、部員全員が連日深夜12時を超える残業という異常事態となりました。その中で受注と出荷のシステム構築に、半年間プロジェクトチームに参画し、毎夜3時頃までその設計開発のため、ディスカッションや資料づくりに勤しみました。その反動として、子供の頃の喘息の発作がぶり返すという困ったこともありました。しかし、日販はTSUTAYAとの提携をきっかけに、一気に業界トップの座に上り詰めたのです。そんな栄光や挫折を味わった場所が、その務めを終えて、埼玉県和光市に移転いたします。さよならパーティでは既に退職してしまった方々も参加し、懐かしい顔、顔、顔。若かくてエネルギッシュだったあの人も、美しさにときめいた女性も、そして自分自身も相応に年を重ねました。ここは青春の思い出の場です。

投稿時刻: 午前 01:00
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